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2017.11.28 Tue | US INFO

アメリカで教育 | バイリンガル教育

「みんなちがって、みんないい」 森 美子

 

このコラムに記事を書かないかとお誘いを受けたとき、ちょうど私は米国の補習校で学ぶ高校生の二言語力と家庭のサポートについての論文を仕上げているところでした。

 

論文を書きながら、海外で育つ子どもたちをどうサポートできるかについて考えていたので、すぐにお引き受けしました。今回はデータから見えてきたこと、そこから自分なりに考えたことについてお話しします。

 

この研究は、プリンストン補習校で長年理事を務めていたカルダー淑子先生が米国8校の補習校で学ぶ高校生とその保護者から集めたデータを、私なりに分析させていただいたものです。

 

補習校はもともと、家族で赴任した駐在員のお子さんが帰国したときに困らないよう、日本と同等の教育を行うことを目的として設立された学校でした。しかし、現在は、日本人家庭の子どもだけでなく、国際結婚などで当面は日本で生活する予定のない家庭の子どもなど、様々な背景を持った児童生徒が在籍しています。海外子女教育振興会の資料によると、2015-2016年現在、カナダを含めた北米には82校の文科省認可補習校があり、小中高合わせて13,562人の在籍者がいるそうです。北米の半数以上の補習校には高等部はなく、高校生は全補習校在籍者数の7%程度です。

 

私がまず知りたかったのは、補習校で学ぶ高校生はどれくらいの日本語力と英語力を身につけているかということでした。そこで、上記の補習校高校生122人が受けた日本語と英語の語彙テストの結果を分析してみました。なぜ語彙力かというと、語彙力は読解力と高い相関関係があることが研究で分かっており、読む力は学力をつける上で欠かせない力だからです。語彙の豊富な子どもは読解力が高く、そのため学力も高い、逆に、学力をつけるために本をたくさん読むと、語彙が増えるということです。つまり、子どもの語彙力はその子の学習言語力の目安になると考えていいのです。

 

結論から言うと、補習校で学ぶ高校生の日本語力は中学2年生レベル、英語力は高校2年生レベルという結果が出ました。しかし、これはあくまでも平均値で、二言語力は個人によって大きな違いがあることも分かりました。補習校で学ぶ子どもの多くが、日本語か英語のどちらかが強く、もう一方が弱い一言語優勢型のバイリンガルに育つのですが、中には、二言語とも非常に高い力を身につける子どももいれば、そうでない子どももいます。

 

そして、年少者の言語力を考える上で忘れてならないのが年齢です。特に、何歳で渡米したかが、その後の子どもの二言語発達に大きな影響を及ぼします。私たちのデータでは、米国生まれを含め9歳以前に渡米した高校生は、日本語よりも英語が圧倒的に強く、英語力は学年相当かそれ以上、日本語力は3-4学年遅れという結果が出ました。一方、9歳以降に渡米した高校生は、それまでに身につけた日本語力を維持、発展させながら、英語を習得することが多く、日本語力は学年相当かせいぜい1学年遅れ、英語力は2-5学年遅れでした。これは、9歳前後が第一言語の確立する重要な時期であるということを示唆しています。「遅れ」ということばを使うと、いかにも言語力が弱いという印象を与えてしまうかもしれませんが、補習校で学ぶ高校生は、強い方の言語では学年相当の力があり、さらにその上に、中学生程度の第二言語力を身につけているわけですから、総合的に見ると、かなり高い言語力があると考えていいと思います。

 

次に、アンケート調査の保護者の回答を分析してみました。この調査では、語彙テストを受けた高校生の保護者に、家庭での言語使用状況、将来の居住予定、子どもの大学進学予定、親の英語力など、家庭環境についてだけでなく、子どもに何を期待するか、言語面でどのようなサポートをしているか、どのようなサポートが効果的だと思うかなど、教育方針や家庭内での実践についても細かく答えてもらいました。まず、言語面でのサポートに関しては、日本人の親は、読み聞かせ、読書を楽しむこと、マンガ、アニメなどの日本のポップカルチャーに親しむこと、家でできるだけ日本語を使うこと、そして、家族間で活発に話し合うことが、子どもの言語習得に役に立っていると考えていることが分かりました。読み聞かせ、本に親しませること、マンガやアニメを通して現代の日本文化に親しませることは、家に本を揃え、子どもに読書習慣をつけさせようとする親の努力の表れと解釈することができます。また、家で日本語を使わせる、家族で積極的に話し合うなどは、子どもの発話をできるだけ増やそうとする親の姿勢と考えることができます。

 

このような親のサポート方針と子どもの二言語力の関係を調べたところ、読書を楽しむことが大切だと考えている親の子どもは、日本語力が高いことが分かりました。また、マンガやアニメなどのポップカルチャーに親しむことが言語習得に役に立つと考えている親の子どもは、日本語力が強く、英語力が少し弱い傾向があることも明らかになりました。このような関連性は、渡米年齢で説明できる部分を除いて計算したので、年齢に関係のない一般的な傾向だと言っていいと思います。

 

さらに、家庭環境と子どもの二言語力の関係を調べたところ、日本語力も英語力も、親からみた子どもの言語志向と読書傾向と深い関わりがあることが分かりました。つまり、親から見て、日本語が強く、日本語の本をよく読む子どもは、日本語の語彙が豊富で、反対に、英語を好み、英語の本をよく読む子どもは、英語力が強い傾向があるのです。さらい興味深いことに、第一言語としての日本語習得と第二言語としての英語習得には、違う家庭要因が関わっていることも明らかになりました。子どもの日本語力は親の子どもに対する期待度で予測できるのに対し、子どもの英語力は将来の居住予定と母親の英語力と高い関連性があったのです。これは、海外でも高い日本語力を身につけてほしいと期待する親の子どもは、親の期待に応えようとがんばって日本語を勉強するのに対し、将来、米国に永住、あるいは日本に帰国しないことを前提としている家庭の子どもは、英語の学習を優先させる傾向があることを示唆しています。米国社会で活躍するには高い英語力が必須条件となるので、日本人の母親の英語力はその家族がどれだけ米国社会に馴染んでいるかの目安になのかもかもしれません。

 

以上、結果をまとめます。

 

  1. 補習校高校生の日本語力は中学2年生レベル、英語力は学年相応かそれ以上。しかし、個人差が大きい。
  2. 年少者の二言語力は渡米年齢の影響が大きい。第一言語が確立する9歳より前に渡米した子どもは日本語より英語の方が圧倒的に強くなり、それ以後に渡米した子どもは日本語を維持しながら英語を習得する。
  3. 家庭環境、親のサポートも子どもの二言語習得に影響する。読書、会話などを通して言語教育に積極的に関わろうとする家庭の子どもは言語力が高い。それが日本語志向の家庭であれば日本語力が高くなり、英語志向であれば英語力が高くなる。
  4. マンガ、アニメなど を通して日本のポップカルチャーに親しむことは、日本語習得には役に立つ。
  5. 第一言語習得と第二言語習得には違う要因が関わっている。英語中心の米国で年少者が日本語を習得するには親のサポートが欠かせないが、英語習得には他の環境要因が関わっている。

 

今回、データを分析しながら分かったことは、補習校に子どもを通わせているという共通点を持つ日本人の保護者であっても、個々を見ると、子ども以上に個人差があり、考え方や教育方針が様々だということです。ましてや、子どもを補習校に通わせていない家庭の方が圧倒的に多いでしょうから、子どもの育つ環境は実に多様だということができます。それだけ、多言語環境で育つ子どもの言語力は多様で、家庭の数だけ違いがあると言っても過言ではないでしょう。しかし、そのような現実の中で、データから数字としてある傾向が見えてきて、それがまとまった論文として出版できるとうれしいものです。これからも、データに基づいた提言ができればと思っています。

Written by 森 美子

森 美子

ジョージタウン大学東アジア言語文化学部准教授。日本語プログラム主任。南山短期大学英語学科、南山大学外国語学部英米学科卒業後、愛知県や東京都で高校の英語教諭を勤めた後、渡米。オハイオ大学言語学部大学院で修士号、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校教育学部教育心理学科大学院にて博士号を取得。専門は心理学的見地から見た第二言語習得。語彙・漢字習得、第一言語の影響、学習者のメタ認知知識、継承語としての日本語習得などに関する論文を発表している。2008年よりAP Japanese Language and Culture委員、2016年より全米日本語教師会副会長を務める。